仙台地方裁判所 昭和56年(ワ)1218号 判決 1996年6月11日
原告
片桐久
同
大久保貫一
同
新野勝之
同
伊藤信
同
伊藤昭志
同
石井清
同
小田島善七
同
鈴木徳郎
右八名訴訟代理人弁護士
青木正芳
同
高橋治
同
増田祥
同
武田貴志
同
水谷英夫
同
小島妙子
被告
仙台市
右代表者市長
藤井黎
右訴訟代理人弁護士
渡邊大司
同
阿部長
右訴訟復代理人弁護士
山岡文雄
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
【請求の趣旨】
一 被告は、原告らに対し、それぞれ別紙請求金額一覧表記載の各金員及びこれに対する昭和五四年七月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 第一項について仮執行宣言
【請求の趣旨に対する答弁】
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、被告が造成、分譲した仙台市宮城野区鶴ケ谷所在の鶴ケ谷団地分譲宅地を購入し、建物(居宅)を建築したところ、昭和五三年六月一二日に発生した宮城県沖地震(以下「本件地震」という。)により、これらの宅地及び建物に被害を被った原告らが、これらの被害は、被告の宅地造成工事の欠陥による宅地の隠れた瑕疵によるものであると主張して、被告に対し、民法五七〇条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求した事案である。
【前提事実】
一 鶴ケ谷団地の宅地造成工事
仙台市長は、宮城県知事に対し、昭和四二年四月二二日、鶴ケ谷団地の宅地造成等規制法の規定による許可申請をし、宮城県知事は、同年五月二四日付で右申請を許可し、被告は、同年五月二五日に鶴ケ谷団地の宅地造成工事に着手し、昭和四五年一〇月一五日に同工事を完了した。(乙第三五ないし第三七号証の各一、二、第三八号証の一ないし五、第三九号証の一ないし四)
鶴ケ谷団地は、仙台市北東部丘陵地帯の丘を削り、谷を埋め立てて造成した宅地であり、被告は、数次にわたり、鶴ケ谷団地分譲宅地を分譲した。
二 原告らの本件各宅地の取得
原告らは、次のとおり、被告から、鶴ケ谷団地内の分譲宅地を買い受けた。
1 原告片桐久(以下「原告片桐」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)1記載の宅地を代金一三四万六二二六円で買い受けた。(甲第一〇五号証、証人片桐京子の証言)
2 原告大久保貫一(以下「原告大久保」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日に、同表(二)1記載の宅地を代金一二八万九一二七円で買い受けた。(甲第二一〇号証)
3 原告新野勝之(以下「原告新野」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日に、同表(二)1記載の宅地を代金二一五万三九二一円で買い受けた。(甲第三一〇号証)
4 原告伊藤信は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)1記載の宅地を代金二〇一万円で買い受けた。(甲第四〇六号証、原告伊藤信本人尋問の結果)
5 原告伊藤昭志は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)1記載の宅地を代金約一九〇万円で買い受けた。(甲第五〇六号証、原告伊藤昭志本人尋問の結果)
6 原告石井清(以下「原告石井」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)1記載の宅地を代金約二三〇万円で買い受けた。(甲第六〇六号証、原告石井本人尋問の結果)
7 原告小田島善七(以下「原告小田島」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)記載の宅地を買い受けた。(甲第七〇六号証、原告小田島本人尋問の結果)
8 原告鈴木徳郎(以下「原告鈴木」という。)は、被告から、同原告の原告個人別表(三)記載の日ころ、同表(二)1記載の宅地を買い受けた。(甲第八〇六号証、原告鈴木本人尋問の結果)
三 本件地震の発生
昭和五三年六月一二日午後五時すぎ、金華山の東方約六〇キロメートルを震央とするマグニチュード7.4の地震が宮城県一帯を襲った。気象庁(仙台管区気象台)発表による本件地震による仙台の震度は五であった。
【原告らの主張】
一 本件地震による被害の特徴
本件地震による被害は宅地造成地並びに自然堤防等の一部の自然地盤に集中し、しかも、宅地造成地の中でも、仙台市南部の緑ケ丘団地、北東部の鶴ケ谷、南光台団地といった谷を埋め立てた大規模宅地造成地に被害が集中しており、これらに共通した特徴は、N値(標準貫入試験の打撃数)が一〇以下の軟弱地盤であり、かつ、盛土部分のうち切盛境(切土と盛土の境)に被害が集中しているということである。
二 鶴ケ谷団地における被害
鶴ケ谷団地の被害は、切盛境に集中しており、盛土厚が五メートル以内の切盛境で宅地の損壊率が最も高く、盛土厚の増大とともに被害は減少している。切土地盤では、被害はほとんど発生していない。右のとおり、切盛境、盛土部分に被害が集中しているが、地震発生後の調査によると、鶴ケ谷団地のN値の最も高い頻度並びに平均値は六であり、これらの地盤は極めて軟弱な地盤であった。
本件各宅地は、いずれも切盛境、若しくは比較的盛土厚の浅い所に位置し、そのN値は、調査がされた土地では一〇以下であった。その被害は、切盛境付近で地震動による地割れが発生し、これによって人工地盤である盛土側が沈下し、地割れが発生して、地面の切盛境にまたがった形で建築されていた原告らの家屋に損壊が生じたものであり、原告らの被害は鶴ケ谷団地における被害の典型的なケースであった。
三 鶴ケ谷団地の土地造成工事の欠陥
原告ら所有の本件各宅地は、本件地震によって、多数の亀裂、地割れ、地盤沈下、隆起等が発生し、同土地上の建物が損壊して甚大な被害を受けた。
これらの被害の原因は、被告が鶴ケ谷団地の造成工事に際し、山を切り、谷を埋めるという方法をとる以上は、盛土部分が切土部分とできる限り均質になるよう施工すべきであったにもかかわらず、後記のとおり、地山、盛土の管理、転圧工事等に万全を期した工事を行わず、さらに、極めて安直な整地法としての逆転型盛土工事を行った結果、造成地の盛土部分が軟弱な地盤のまま残り、本件地震によって地盤に多数の亀裂、地割れ等を発生させたことによるものである。
1 地山及び盛土の管理、転圧、締め固めの不十分性
宅地造成工事においては、地形並びに地質等を総合的に調査検討した上、造成地上の建物が安定に定着できるだけの十分な支持力を持つ宅地を造成し、地すべり、沈下、亀裂等が発生することのないよう、地山及び盛土の管理並びに転圧、締め固めなどを適切に行なわなければならない。ところが、被告は、以下のとおり、本件造成工事に当たって、地山及び盛土の管理を適切に行わず、転圧、締め固めを十分に行わなかったため、本件被害が発生したものである。
(1) 地山及び盛土の管理について
a 地山について
盛土される地山の部分については、地山表面の木や雑草、特に木根等の除去を行うとともに、特に傾斜地面については段切工事を行う必要がある。
地山表面の木や雑草を除去せずに盛土工事をすると、木や雑草の周囲の部分に空隙が生じ、地山と盛土の接合面への雨水や地下水の流入と相まって、すべり面を形成する危険が極めて大きい。しかも、木や雑草を除去しないまま盛土工事をすると、締め固めが十分に行われにくく、木や雑草の腐食によってますます空隙を生じることになって、沈下や地すべりの要因となる。
また、傾斜面においては、地山と盛土の接合面がすべり面を形成しやすいため、地すべりを防ぐためには、木や雑草を除去するとともに、傾斜面を段切する必要がある。
したがって、本件工事においては、地山表面の木や雑草、特に木根等の除去を行うとともに、特に傾斜地については段切工事を行うことが、造成地の地すべり、沈下、亀裂等を防ぐために必要不可欠である。
この点については、本件鶴ケ谷団地整地工事の工事仕様書(以下「本件工事仕様書」という。)においても、一九条で「伐開、伐根、雑草等の除去は特に指示のない限り、下記により行うものとする。(1)切土盛土の施工に先立ち伐開伐根を行い、焼却或は地区外搬出し……」と定めて、地山の部分についての木や雑草の除去を当然のこととし、また、二四条三項で「地盤が急傾斜しているときは、監督員の指示により現地盤表面に段切りを行ない、盛土と現地盤との密着をはかり滑動を防ぐものとする。」と定め、傾斜面での段切工事を行うことを明示している。
ところが、本件地震後の昭和五三年七月から昭和五四年五月三一日にかけて仙台市が鶴ケ谷団地の被災地を中心に行ったボーリング調査において、旧地山の表土部分に木や草の残滓が認められており、また、旧地山の傾斜地であったはずの部分で旧地山の表土が認められており、このことは、本件工事において、旧地山の表土部分の木や雑草の除去、傾斜面での段切工事が行われていないか、もしくは不十分にしか行われなかったことを示すものである。
b 盛土について
盛土材中に木や雑草が混入すると、その周囲に隙間が多くできやすく、また、転圧、締め固めが十分にできないことになる。しかも、将来その木や草が腐食して空隙ができることになり、沈下や地すべりの原因となる。また、盛土材中に岩石や大きな土塊が存すると、その周囲に空隙ができやすく、転圧、締め固めが十分にできにくく、不均等で軟弱な地盤となりやすい。
したがって、本件工事においては、谷に盛土する土となる山の切土部分については、木は伐採し伐根を除去するとともに、雑草は焼却・除去したうえで盛土材として使用することが必要である。また、盛土する土の中に大きな岩石や固い土塊が存するときは、予めそれを取り除くか破砕しておくことが必要である。
この点については、本件工事仕様書においても、前記のとおり一九条で盛土材中の木や雑草の除去を当然のこととしているし、二四条で「(3)盛土材料中の大きな塊等、締め固めに困難と思われるものは予め破砕するものとする。」と定め、盛土材中に岩石や大きな土塊が入り込まないよう指示している。
ところが、前記ボーリング調査の結果、盛土部分中に植物や岩石、土塊が混入していることが認められており、本件工事においては、盛土材中の木や雑草の除去や岩石、土塊の除去、破砕が十分に行われていなかったことは明らかである。
(2) 盛土工事における運土、まき出し、転圧、締め固め
盛土部分の締め固めについては、締め固めが不均質であると地震の振動を増幅させる要因となり、また不均質な部分の弱い部分(軟弱な部分)や不均質な各部分の境目部分に力が集中してすべり面を形成しやすく、地すべりや沈下等の原因となる。また、締め固めが不十分であると、地盤が軟弱となり、沈下や亀裂の原因となるし、不均質な地盤の中ではすべり面を形成する要因となる。
したがって、盛土工事においては、盛土部分に将来地すべりや沈下、亀裂等が発生することのないよう運土、まき出し、転圧を適切に行い、盛土部分の下の方から順次締め固めていき、均質かつ強固な盛土を形成することが必要である。
この点については、本件工事仕様書においても、三二条で「(1)ブルドーザー系の機械による運土は(中略)盛土部分が均等に締め固まる様機械を盛土面一様に通過させるものとする。(2)スクレーパによる場合は敷均しについてはブルドーザーで行い均等に締め固まる様施工するものとする。」と定め、二四条で「盛土のまき出し厚は三〇cm以下とし、運土機械が各層毎になるべく均等に通過する様にして締め固めるものとする。(中略)(3)盛土材料中の大きな塊等、締め固めに困難と思われるものは予め破砕するものとする」と定め、盛土部分の締め固めを均質にかつ強固に行う必要があるものとされている。
ところが、前記ボーリング調査の結果によれば、地盤の強度を示すN値(盛土においては締め固めの度合いを示す基準となる。)の測定において、盛土部分の地表面から旧地山までの間のN値はばらつきが大きく、全体的にN値が低くなっていることが認められ、このことは、本件工事において、不均等かつ不十分にしか締め固めが行われなかったことを示すものであり、また、前記のとおり、盛土部分に植物や岩石、土塊が多数混入していたことも、本件工事において、十分な転圧、締め固めが行われなかったことを示すものである。
2 逆転型(倒置型)盛土工事
本件工事における盛土工事は、人工地盤としては最も安直な整地法であるといわれ、劣悪なものであると指摘されている逆転型盛土によるものであった。
逆転型の盛土では、盛土の下部ほど植物混じりの土壌、風化土が多く、上部ほど新鮮な材料が多くなり、また、中部に大きな岩塊が含まれることも多い。つまり、下部は腐りやすい植物を含み、粘土分が多くなって水分を含みやすく、締め固めにくくなり、中部は空隙を生じやすく、締め固めでむらとなりやすく、上部は、透水性が高く、締め固めやすくなる。
本件地震後の調査結果によれば、仙台市内の被災した宅地はすべて逆転型の盛土、埋土の部分であったのであり、本件造成工事も逆転型の盛土、埋土であったことが認められている。
そして、このような逆転型盛土、埋土が、締め固められた部分の「円弧すべり」崩壊(円弧すべりは斜面が崩壊する場合の一般的な形であり、盛土地盤が円弧状を呈して下方に向かって滑りだす現象であって、地山斜面の勾配によって決まる盛土自重の水平分力と盛土地盤と地山地盤の境界面に生じる摩擦抵抗力の均衡が破れた場合に起きる現象である。)によって、地表部の崩壊を招いたのである。
四 隠れた瑕疵の存在
1 右のとおり、被告が行った造成工事の欠陥により、本件各宅地には、地すべり、地盤の亀裂、沈下隆起等が発生し易いという瑕疵が存在した。
2 右の瑕疵は、宅地の買主であり、一般市民である原告らにとっては、取引において要求される通常の注意をもってしては発見し得ないものであった。
五 原告らの損害
本件各宅地の瑕疵の存在により、原告らが被った損害は次のとおりである。
1 宮城県沖地震により、本件各宅地には、それぞれ一ないし五か所の亀裂、地割れ、一部地盤の沈下あるいは隆起が発生し、その結果原告大久保を除く原告らがそれぞれ各宅地上に所有している居宅及び原告大久保所有の宅地上に訴外大久保吉記が所有している居宅(各原告個人別表(二)2。以下「本件各居宅」という。)にも、基礎、壁面の亀裂、接合部の分離、柱・壁面の歪み、床面の部分的な沈下、隆起等の被害が生じた。
2(1) 本件各宅地は、瑕疵が顕在化したことにより、近隣の同程度の土地(一平方メートル当たり単価金八万円)よりも平均一〇パーセント程度価格が減少することになるので、原告ら所有の各宅地は、各原告個人別表(四)1記載の各金額相当の価格の減少があった。
(2) 本件地震の際、本件各居宅は前記のような被害を受けたが、その修補等に要する費用(修補期間中の借家賃料、移転費用を含む)のうち七〇パーセント相当額は前記本件各宅地の瑕疵と相当因果関係のある損害であり、原告らの損害は、各原告個人別表(四)損害金額欄2記載のとおりとなる(なお、原告大久保の右損害は、その所有にかかる宅地に前記のような瑕疵が存したことにより、訴外大久保吉記所有の居宅が被害を受け、原告大久保が右訴外人に対し損害賠償債務を負担するに至ったことである。)。
3 したがって、本件各宅地の瑕疵の存在により、原告らがそれぞれ受けた損害の合計は、別紙請求金額一覧表記載のとおりとなる。
六 結論
よって、原告らは、被告に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求として、別紙請求金額一覧表記載の各金員及びこれに対する本件各宅地の瑕疵が明らかとなった日以降である昭和五四年七月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】
一 鶴ケ谷団地の土地造成工事について
1 被告が行った鶴ケ谷団地の土地造成工事は、当時の宅地造成等規制法の諸基準に適合し、仕様書に従ったものであり、右造成工事は、地質的、土質的条件に適合するような表土除去、段切、転圧、盛土厚管理、密土管理などを十分に行い、当時における宅地造成等規制法の諸基準にも適合することはもちろん、当時の宅地造成にあっては模範的な造成工事とまでいわれる程度のものであった。そして、本件各宅地も、前記のとおり当時の宅地造成についての法の基準に合致しているものであったことはもちろん、通常の造成地に比してより程度のよい宅地造成をなした宅地であった。
2 被告は、仕様書に基づき、地山及び盛土の管理を適切に行い、地山の木草の除去や急傾斜地の段切工事も行った。造成工事においては、一本一草を残さず表土部分の土を他に搬出することまでは予定しておらず、またそのようなことは現実的に不可能である。また、段切工事はすべての傾斜地において行わなければならないものではなく、急傾斜地面においてのみ必要なのであって、本件工事仕様書二四条三項もその旨規定している。
盛土部分中に若干の植物や、土塊が混入することも止むを得ないことであって、このことをもって直ちに木草の除去や岩石・土塊の除去・破砕が十分に行われていないということはできない。
盛土の締め固めについても、N値は全体的に低いものではなく、不十分であるとはいえない。
二 本件地震による被害について
本件地震により、鶴ケ谷団地内の一部に若干の亀裂、地割れが生じたのは、不可抗力によるものである。
本件地震による仙台の震度は、気象庁発表では五であるが、実際は烈震といわれる震度六に近いものであった。
仮に、本件地震により原告らの損害が生じたとしても、それは、本件各宅地の瑕疵によるものではなく、宮城県沖地震という予見し得ない強度の地震による不可抗力によるものであるから、被告にその損害を賠償する義務はない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第四 当裁判所の判断
一 耐震性の面からみた本件各宅地の瑕疵の判断基準
1 民法五七〇条にいう売買の目的物の瑕疵とは、売買の目的物である特定物が、契約の当時から、その種類のものとして通常有すべき品質・性能を欠いていることをいうものであり、本件で問題となるのは、耐震性の面からみた本件各宅地の瑕疵の有無であるから、これについては、本件各宅地の売買がされた当時、造成した上で売却される宅地について、社会通念上、どの程度の地震に対してまで、崩壊、陥没、隆起等を生じることのない耐震性を備えることが求められていたかを基準として判断すべきである。
2 造成された宅地は、購入者によって宅地上に居宅が建設され、遠い将来にわたっても居宅の敷地となることが見込まれるものである。
他方、わが国では地震の発生が比較的多く、地震予知に関する研究も進められているが、いつ、どこで、いかなる規模の地震が発生するかを予知することは依然としてできていないのが現状である。
右のような見地から検討すると、
(1) まず、造成宅地には、少なくとも、その地域でそれまでに発生した地震の回数、頻度、震度等からみて、将来その地域で通常発生する可能性が経験的に予測される規模の地震に対する耐震性を具備することが求められているということができ、造成された宅地がこれを欠いていた場合には、瑕疵があるというべきである。
(2) また、造成当時、前記の経験的に予測される規模を超える規模の地震に対する耐震性を具備する宅地の造成を目的とする地盤条件の調査及び調査の結果に基づく工法についての基準又は一般的な経験則が存在したと認められる場合には、これに適合する工事が求められているということができ、これに適合しない工事がされたために、造成された宅地が右規模の地震に対する耐震性を欠いていた場合には、瑕疵があるというべきである。
(3) さらに、造成当時、右の基準又は一般的な経験則が存在しなかったとしても、当時の通常の技術水準に適合する工事がされていれば、前記の経験的に予測される規模を超える規模の地震に対する耐震性を具備する宅地を造成することが可能であったのに、当時の通常の技術水準に適合しない工事がされたために、造成された宅地が右規模の地震に対する耐震性を欠いていた場合には、瑕疵があるというべきである。
二 本件地震当時経験的に発生の予測された規模の地震について
そこで、まず、本件各宅地の売買がされた当時において、それまでに仙台市及び周辺地域において発生した地震の回数、頻度、震度等からみて、将来この地域で発生する可能性があると経験的に予測されたのがどの程度の規模の地震であったかについて検討する。
甲第二〇号証の三、第五一号証によれば、仙台において、観測が開始された翌年の昭和二年から本件地震の発生した前年の昭和五二年までの五一年間に生じた有感地震の震度別回数は、震度一が五八一回、震度二が二八二回、震度三が九〇回、震度四が一八回、震度五が五回であり、震度六以上の地震が観測されたことはなかったことが認められる。
右のとおり、仙台においては、昭和二年から昭和五二年までの五一年間に、震度四の地震は一八回、震度五の地震は五回観測されていることからすれば、およそ一〇年に一回程度は震度五程度の地震が発生する可能性があるものと一応いえるから、居宅の敷地となる宅地については、少なくとも震度五程度の地震に対する耐震性が求められていたものということができる。しかし、右期間内に震度六以上の地震が観測されたことはなかったのであるから、本件各宅地の売買がされた当時、震度六の地震が発生することが経験的に予測されたということはできないと考えられる。
三 本件地震の震度について
証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 本件地震による被害の概況
(1) 本件地震による宮城県内での被害は、死者二七人、負傷者一万一〇〇〇人弱、全壊家屋一三七七戸を含む家屋の損壊一七万六〇〇〇戸にまで達し、その他港湾、道路、橋梁、河川などの公共土木施設、鉄道、電力施設、通信施設、上下水道、ガスなどの都市施設、石油貯蔵施設などが著しい被害を受けた。(乙第二八号証)
(2) 本件地震による仙台市及びその周辺地域の建物や都市施設、公共土木施設などの被害についてみると、新たに市政域に加えられた丘陵地に造成した住宅地と仙台市の東南に広がる軟弱な沖積地帯に被害が多発しており、旧市街地の段丘地帯では被害は比較的軽微であった。(乙第二八号証)
2 本件地震の震度
(1) 証拠(甲第二六、第三二、第三九号証、乙第二八号証)によれば、次の事実が認められる。
a 地震動の強さを表す尺度として、一般に使われているのは震度であり、気象庁は、一九四九年(昭和二四年)、別表一のとおりの気象庁震度階級を示している。震度階級は、地震動の強さと相関関係のある現象を選び、震度の小さい方では主として人体感覚により、震度が大きくなるに従い屋内の物体の挙動、建築物、土木構造物などの被害状況、自然界の地表に現れた変化などにより決められるものである。
b 地震動の最大加速度の値(単位ガル)は、地震動の強さを表す尺度となり、各所に設置された強震計によって計測される最大加速度は、当該場所における地震動の強さを示す有力な客観的資料である。
c 気象庁は、一九四九年(昭和二四年)、別表一のとおり、それぞれの震度階に対応する地動の最大加速度の参考値を示している(ただし、その後、震度階級の説明そのものからは除かれている。)。
(2) 乙第二六、第二八号証によれば、本件地震の際、仙台市内の各所に設置された強震計によって最大加速度が計測され、仙台の旧市街地に存する国鉄仙台管理局(地下一階)では四三二ガル、住友生命ビル(地下二階)では二五〇ガル、七十七銀行本店(地下一階)では二九五ガルの最大加速度が計測されたことが認められる。他方、乙第二八号証によれば、仙台で震度四と観測された昭和五三年二月の地震の際に仙台市中心部で記録された最大加速度は、東北大学(一階)、七十七銀行(地下一階)、住友生命ビル(地下二階)において、九八ガルないし一七〇ガルであり、本件地震の際に計測された前記の最大加速度は、右の値をかなり上回るものであると認められる。
(3) 乙第三〇号証(宮城県沖地震災害に関する諸調査の総合的分析と評価)によれば、東北大学工学部建築学科教授志賀敏男は、次のように論述していることが認められる。
「仙台をはじめ各地で、立派な強震計記録が多数採れている。仙台で採れた記録が示す最大加速度を表1に示す。これを見ると、地下あるいは一階の最大水平加速度が二五〇〜四四〇ガルになっている。このような値や住家の被害状況から、仙台の震度は、全般的にみると気象庁発表の五より六(二五〇〜四〇〇ガル、住家全壊三〇%以下)とみなす方が妥当と考えられる。仙台管理局、住生ビル、七十七銀行が建つ仙台の旧市街は、広瀬川河段丘上にあり地盤が硬い。少し掘ると礫層が出、地下二階位の深さから凝灰岩層になる所が多い。このような地盤の地下でも、最大水平加速度が二五〇〜四四〇ガルになっているのである。」
(4) 乙第二六号証(「一九七八年宮城県沖地震による被害の総合的調査研究」中の東京大学地震研究所村井勇「アンケート調査による震度分布と被害分布」)によれば、東京大学地震研究所の村井勇は、アンケート調査の結果に基づき、「震度5.0以上の範囲は、宮城県のほぼ全域、岩手県の南端部および福島県北端部の一部である。この範囲内で、北上川・鳴瀬川沿いの一部の地区と仙台周辺部で震度5.5〜6.0に達した場所があった。太田による震度の値は、四捨五入した値が気象庁震度にあたると見られているから、震度5.5〜6.0の範囲では、実際上震度六と考えてよい。このことは、仙台市、塩釜市、石巻市で、強震計の記録に二五〇ガルをこえる最大加速度が得られていることと対応する。」と論述していることが認められる。
(5) 鑑定人小林芳正(京都大学教授)の鑑定書(以下「小林鑑定書」という。)には、鶴ケ谷小学校の校庭における地盤の液状化現象からみると、鶴ケ谷団地の震度はおよそ五の後半だったと考えられる旨記載されている。
(6) 以上を総合すると、本件地震につき、仙台管区気象台は、仙台の震度を五と発表しているが、鶴ケ谷団地を含む仙台市の一定地域における震度は六程度のものであったものと認めるのが相当である。
四 鶴ケ谷団地、本件各宅地における被害とその原因
1 鶴ケ谷団地の造成前の地形及び地質
証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 鶴ケ谷団地は、仙台市北東部に位置し、造成前の原地形は、ほぼ東西方向につらなる丘陵地で、この丘陵地を浸食して、現在の六丁目鶴ケ谷団地幹線に沿って東西方向に走っていた尾根からほぼ南北方向に谷、沢が樹枝状に発達していた。これら南北方向の沢は、現在の中央線に沿った東西方向の沢と合流し、皿状のゆるやかなU字谷を形成していた。本件造成工事は、右のような地形の土地の丘陵の稜部を切り取り、谷系を大規模に埋め立てて住宅地に造成したものである。(甲第四号証、第二三号証の二、三、乙第八号証の一ないし一二、第一〇、第三三、第五〇号証、小林鑑定書)
(2) 鶴ケ谷団地の地質は、ほぼ水平な砂岩層を主体とする七北田層とシルト岩層を基盤とし、この層は軟質の砂岩と中硬質の浮石質砂岩の二層から構成されていた。(乙第三三号証、小林鑑定書)
2 鶴ケ谷団地の造成地盤の状況
証拠によれば、以下の事実が認められる。
株式会社復建技術コンサルタント(以下「復建技術コンサルタント」という。)は、仙台市宅地課の監理の下に、本件地震発生後の昭和五三年七月から昭和五四年三月三一日にかけて鶴ケ谷団地盛土箇所地質調査を行った。右調査により、次のような事実が判明している。(乙第三三号証)
(1) ボーリング及び標進貫入試験により得られたN値は、四〜一〇程度で、全体的には六程度である。盛土中央部と端部でのN値差は認められていない。
なお、このN値の値を本件地震後に仙台市緑ケ丘地域、北根・黒松地域及び白石市寿山団地の各宅造地において行われたボーリング及び標準貫入試験により得られたN値の頻度分布と比較すると、緑ケ丘地域及び北根・黒松地域では二ないし三が頻度の最も高いN値となっており、鶴ケ谷団地は、N値からみると多少ではあるが締め固まった状態にある。(乙第二八号証)
(2) 盛土部の地盤構成は、全般的には砂岩及びシルト岩の岩片を三〇〜五〇%混入する砂質土系が主で、全体に凝灰質である。盛土の土質は現地発生材を使用しているため地域的なばらつきも少し認められ、東側の七丁目付近ではシルト岩片を主として含有し、全体に粘性土に近い土質となっている。
岩盤との境界部には0.5メートル前後の旧表土(腐植土)が認められ、軟質ではあるが、かなりの圧密を受け、N値は四〜六程度のものが多い。しかし、一部には1.5〜2.5メートルとかなり厚い腐植物混りの粘土層も認められる。
盛土及び旧表土部に所々木片及び木の根等が認められる。(乙第三三号証)
3 本件各宅地の地盤の状況
本件地震後に行われた調査によると、本件各宅地の地盤状況は、別表二のとおりである。(甲第二八号証の一、二、乙第一三号証)
4 各原告が本件各宅地を取得してから本件地震までの間の異常の有無
(1) 原告片桐(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告片桐は、昭和四五年一二月に右土地上に居宅を建築したが、昭和四七、八年ころから右居宅のドアの柱が沈み、窓枠が歪む異常がみられ、右原告所有地の東側部分が沈下しはじめた。(甲第一〇六号証、証人片桐京子の証言)
(2) 原告大久保(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告大久保の子である訴外大久保吉記は、右土地上に昭和四七年一月に居宅を建築したが、右土地取得後本件地震までに、右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第二〇六号証、証人大久保吉記の証言)
(3) 原告新野(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告新野は、右土地上に昭和四七年一一月に居宅を建築したが、雨の後で地面の水はけが悪かった以外に、右土地取得後本件地震までに、特に右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第三〇七号証、原告新野本人尋問の結果)
(4) 原告伊藤信(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告伊藤信は、右土地上に昭和四八年四月に居宅を建築したが、右土地取得後本件地震までに、右土地及び右居宅に異常が生じたことはなかった。(甲第四〇七号証、原告伊藤信本人尋問の結果)
(5) 原告伊藤昭志(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告伊藤昭志は、右土地上に昭和四七年一一月居宅を建築したが、右土地の取得後本件地震までに、特に右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第五〇七号証、原告伊藤昭志本人尋問の結果)
(6) 原告石井(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告石井は、右土地上に昭和四六年七月に居宅(平屋)を建築し、昭和五二年に、右居宅を増築したが、右土地取得後本件地震までに、右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第六〇六、第六〇七号証、原告石井本人尋問の結果)
(7) 原告小田島(同原告の原告個入別表(二)1記載の宅地)
原告小田島は、右土地上に昭和四七年七月に居宅を建築したが、昭和四八年ころ(犬走り)に細い割れ目ができたことがあったが、これ以外に、右土地取得後本件地震までに、特に右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第七〇七号証、原告小田島本人尋問の結果)
(8) 原告鈴木(同原告の原告個人別表(二)1記載の宅地)
原告鈴木徳郎は、右土地上に昭和四七年九月に居宅を建築したが、右土地取得後本件地震までに、右土地及び右居宅に特に異常が生じたことはなかった。(甲第八〇七号証、原告鈴木本人尋問の結果)
(9) 原告らのうち、最も早く居宅を建築した原告片桐が居宅を建築した昭和四五年から昭和五二年(本件地震発生の前年)までの間に、仙台においては、震度四の地震が二回観測されている(震度五の地震は観測されていない。)。(甲第五一号証)
5 鶴ケ谷団地における本件地震による被害の概況
証拠によれば、以下の事実が認められる。
被害の発生箇所は、切土と盛土の境界付近で盛土厚二〜四メートル付近に集中しており(宅地破損件数一五五件中一一八件)、切土部及び盛土中央部(盛土厚約五メートル以上)では一部に局部的沈下やブロック塀の崩壊がみられるが、他の地域に較べて被害は少ない。団地外縁部にあたる盛土部(開放系)では盛土端と平行した亀裂及び沈下が発生している。被害状況の内目立つものは、ブロック塀及び石積塀の倒壊あるいは宅地の地割れ発生である。また、地割れ及び駐車場の亀裂は一〜ニセンチメートルが主であるが、切盛境付近では五センチメートル程度のものもみられる。(甲第二七号証、乙第三三号証)
6 鶴ケ谷団地における被害の原因についての鑑定人等の見解
(1) 鑑定人諸戸靖史(八戸工業大学教授)の鑑定書(以下「諸戸鑑定書」という。)
諸戸鑑定書には、次のような見解が述べられている。
a 常時において建物の荷重に対して要求される宅地の許容支持力は三〜四tf/m2であるといわれており、これに相当するN値は三〜四となる。鶴ケ谷団地造成地における盛土部分のN値は四〜一〇のものが多く、全体的にみて六程度が卓越しており、鶴ケ谷団地造成地は常時においては安定な宅地地盤であった。
b 本件地震によって生じた亀裂は、引っ張り力によって発生し、切盛境界部付近に集中したものと考えられる。
盛土が倒置型であったとか、締固め度による管理がなされなかったから、本件地震により地盤に亀裂が生じたと断定的に述べることはできない。
良質な土が用土となり、丹念な施工がなされれば、そうでない場合よりは地震による被害が減少されるということはできる。
c 造成地の盛土は液状化現象が生じくにくい地盤であった。
(2) 小林鑑定書
小林鑑定書には、次のような見解が述べられている。
a 本件地震による被害が原地盤の切盛境界付近に集中的に起こったことは明らかであり、その発生機構についての見解は一様ではないが、いずれにせよ、切盛境界に差変位(ひずみ)が集中するという点では違いはなく、その本質的原因は、人工的盛土部が、自然の原地盤に比して物理的性質(弾性率や強さ)が軟らかい方、弱い方に異なっていることにある。したがって、もし人工地盤であっても、自然地盤と差がないほど十分に締め固められていれば、このようなことは起こらないといえる。
b したがって、次に問題となるのは、そのような十分な締め固めが現実的に可能か否かである。
土は、堆積後長時間放置されると、一般に時間とともに次第に固化する特徴を持っている。その原因は、第一に、長時間持続する圧力下において起こる圧密(物理的に空隙が減少し、密度が大きくなる)効果であり、第二に、土を構成する土粒子間の空隙に物質が化学的に沈着し、土粒子が互いに接着されることによる。
自然条件下で起こるこのような土の固化過程と人工的な地盤造成における締め固めとは非常に異なっている。人工的な締め固めは、まず非常に時間が短く、また粒子を接着させるような操作は一般に行わない。したがって、人工的に造成された地盤は、特殊な場合を除き、自然地盤よりも軟らかく、弱いのが普通である。ただし、特に入念に(繰り返し、高い圧力をかけて)締め固めることにより、固化過程の第一の効果だけは十分生じさせることができる。しかし、人工的な地盤造成では、前記の土の固化の第二の効果は期待できないので、その分は自然地盤よりも劣っており、その不足分まで第一の効果で補おうとすると、締め固めはより一層十分に行わなければならなくなる。
通常の宅地造成においては、そこまで厳しく考えて施工されておらず、したがって、人工地盤は自然地盤よりも弱いものであるといってもほとんどまちがいない。
c 鶴ケ谷団地については、谷壁部や底部における締め固めは十分でなかったと推測され、逆転型(又は倒置型)の盛土ができた原因は、土工の方法にあったと推測される。鶴ケ谷団地における被害が、盛土が逆転型であったことと関係が深かった可能性は考えられる。
d 総括すれば、鶴ケ谷団地の被害の本質的な原因は、盛土が本件地震の外力(震度6.0程度の地震力)に対して十分なほど締め固められていなかったことである。よって、より注意深い十分な施工が行われていれば、本件地震による被害は未然に防止され得たと考えられる。ただし、盛土は、常時はもとより、地震時でも本件地震よりも外力がもう少し小さければ、耐え得るだけの強度は有していたと考えられる。
(3) 守屋資郎(復建技術コンサルタント調査第一課長)の意見書(乙第五〇号証。以下「守屋意見書」という。)
守屋意見書には、次のような見解が述べられている。
人工地盤を自然地盤と差がないほどに締め固めることは不可能である。締め固めに限れば、自然地盤と人工地盤は堆積環境と堆積時間において次元の異なる生成物であるからである。
地山部と盛土部が限りなく一様であったらと考えるのは当然であろうが、鶴ケ谷団地の造成構造をみると、特に設計・施工の不良であると判定されるものは見当たらず、大規模土工という性格から、経済性や施工性を考慮すると、かなり好条件の積層したものの部類に属すると思われる。
鶴ケ谷団地造成工事は、総合的には、施工箇所の基盤地質、盛土材、排水系統の整備、締固めについて、通常なされる常識的な造成工事であったと思われる。その中でも、排水系には十分配慮した様子がうかがえ、高い評価をして良いと思われる。
7 鶴ケ谷団地の造成工事の施工状況
(1) 工事仕様書について
a 甲第六号証の二及び証人江刺衛(以下「証人江刺」という。)の証言によれば、本件工事仕様書は、宅地造成の工法について、次のように規定しており、本件工事は、本件工事仕様書に従って施工されたことが認められる。
「第一九条 敷地整理
伐開、抜根、雑草等の除去は特に指示のない限り、下記により行うものとする。
(1) 切土、盛土の施工に先立ち伐開、抜根を行い、焼却或は地区外搬出し、処分するものとする。ただし、土被り厚さ三メートル以上の盛土箇所の抜根は、特に監督員の指示のない限り除く必要はないものとする。
(2) (略)
(中略)
第二一条 切土
ドーザー系の機械による切土は、盛土高が高まきにならぬよう常に薄層とし、段切に行うものとする。
第二二条 運土
(1) ドーザー系の機械による運土は、なるべく下り勾配で行ない、また盛土部分が均等に締固まる様機械を盛土面一様に通過させるものとする。
(2) スクレーパによる場合は、敷均しについては、ブルドーザーで行ない、均等に締固まる様施工するものとする。
(中略)
第二四条 盛土工法
(1) 盛土のまき出し厚は三〇cm以下とし、運土機械が各層毎になるべく均等に通過する様にして締固めるものとする。ただし、監督員の承諾を得てまき出し厚を変更することが出来る。
(2) 盛土は、最適含水比に近い状態で行い、工事に影響する高い含水比状態で行ってはならない。
(3) 地盤が急傾斜しているときは、監督員の指示により現地盤表面に段切りを行ない、盛土と現地盤との密着をはかり滑動を防ぐものとする。
(4) 盛土材料中の大きな固まり、締固め作業に困難と思われるものは、予め破砕するものとする。
(以下略)」
b 乙第一四号証(茂庭住宅団地造成工事仕様書)及び証人江刺の証言によれば、昭和五三年ころに作成された茂庭住宅団地造成工事の工事仕様書では、「第6条 盛土」において、敷均し転圧は、二一t級ブルドーザー(排土板付)で不陸を整々しながら転圧(五回転圧)するものとすること(六条4)、盛土の締め固めは、締め固めた土の乾燥密度と切土地山の最大乾燥密度の比が八五%以上になるよう締め固めること(同条5)、盛土材料の中に発生する大土塊(一m以上)は、あらかじめ一m基準で1/4程度に破砕し、一か所に集まらないように施工を行うこと(同条7)、盛土部の地盤が傾斜している所は、段切りを行い、盛土と現況地盤との密着をはかり滑動を防ぐものとする(傾斜角一五度以上の場合で段切り比高は四メートルを基準とするが、この基準以外でも特に監督員が必要と認めた場合は、監督員の指示に基づく。)などと、本件工事仕様書と比較すると、盛土工法等について、より具体的、詳細に規定されていることが認められる。
(2) 地山及び成皿土の管理について
a 乙第一五号証(鶴ケ谷住宅団地段切施工図)及び証人江刺の証言によれば、本件工事仕様書の二四条(3)に規定されている段切工事は、地山の傾斜が二〇度以上の場合に行ったことが認められる。
なお、小林鑑定書には、鶴ケ谷団地については、かなり急峻な谷を周辺の切り取り部から発生した土砂で埋め立てて造成されたが、谷壁部の埋立に当たっても特に段切りは行われなかったようであるとの記載があり、これは、原告伊藤昭志が本人尋問において、昭和五三年八月に開かれた被災者に対する説明会で、仙台市の職員から、茂庭団地の造成工事では段切りを行ったが、鶴ケ谷団地の造成工事では段切りを行わなかったと聞いたと供述していることを根拠とするものであるが、前掲の証拠によれば、本件造成工事においては、工事仕様書で傾斜角一五度以上の場合が基準とされていた茂庭団地の造成工事ほどではなかったにしても、全く段切りをしていなかったわけではなく、地山の傾斜が二〇度以上の場合には段切りを行っていたものと認められる。
b 前記認定のとおり、復建技術コンサルタントのボーリング調査により、盛土及び旧表土部に所々木片及び木の根等が認められている。しかし、乙第三三号証によれば、同社の報告書には、量的には問題となるような所は存在しない旨記載されており、調査の責任者である証人太田保は、これらは点在するという程度のものであると証言している。
c 前記認定のとおり、復建技術コンサルタントのボーリング調査により、岩盤との境界部に0.5メートル前後の旧表土(腐食土)が認められている。
この点について、証人中川久夫(証言当時東北大学助教授)は、こういった植物質のものは、後に変質するから好ましくないといった趣旨の証言をしている。
守屋資郎は、守屋意見書において、施工管理においては、基礎地盤を被覆している表層土はできるだけ剥除することが最も望ましく、本件造成工事においては、表層土が全てのボーリング調査孔で確認されており、これが剥除されていない点は理想からは遠く、経年的に強度は増加しているので、支持力的には問題ないと思うが、面的な弱層を形成する可能性を考えると望ましいことではないとの見解を述べている。
d 乙第三三号証によれば、復建技術コンサルタントが鶴ケ谷三丁目及び同四丁目地区の東西の盛土端付近を試掘して調査した結果、西側の亀裂の地下2.5〜3.5メートルの間は巨礫を多く含み、一部に五〇センチメートル以上の巨礫があり、東側の亀裂の盛土層にも一部に三〇センチメートル程の礫があったことが認められるが、右の程度の大きさの礫であれば、茂庭住宅団地造成工事仕様書の基準に照らしても、これに抵触するものではないといえる。
(3) 転圧、締め固め等について
a 証人江刺の証言によれば、本件工事おいては、茂庭住宅団地造成工事の工事仕様書に規定されているような締固め度による管理はされなかったことが認められる。
b 小林鑑定書には、谷壁部の埋立に当たっても特に段切りは行われなかったようなので、特に谷壁部や底部における締め固めは十分でなかったと推測され、この推測は、盛土底部から原地盤の表土や植生が多く発見され、また盛土部の締め固めの緩い箇所が深部で多く発見されていることから裏付けられるとの記載がある。しかし、右の記載のうち、段切りが全く行われなかったとの点は事実とは認められないことは前記のとおりである。
また、小林鑑定書には、鶴ケ谷団地のような大規模な造成では、一般に、原地形の谷部の盛土はダンプトラック又はブルドーザーでまわりから土砂が押し落とされるだけで、特に注意深く施工される場合以外は、車両が繰り返し通過するルート直下を除き、締め固めは不十分となりやすいとの記載があるが、守屋意見書では、ボーリング調査の結果によると、盛土中央部と端部でのN値の差がないことから(この事実は、前記四2(1)で認定したとおりである。)、敷き均し施工をしたものと認められ、小林鑑定書が指摘しているような高まき盛土(盛土材が上から落ちてきて、敷き均し、転圧されないで、凹部に押出されること)がされた可能性は極めて低いと述べられている。
c 諸戸鑑定書は、鶴ケ谷団地における盛土の乾燥単位体積重量と含水比、地山試料を用いた室内における突固め試験時の最大乾燥単位体積重量と最適含水比のデータを用い、前者と後者とでは試料が同一の土ではないから、厳密な意味で締固め度((乾燥単位体積重量/最大乾燥単位体積重量)×一〇〇パーセント)を算定することはできないが、含水比が同様な値をとる土は同様の特性を持つ土であると仮定し、前者と後者とで含水比が同様な値をとるものについて締固め度の計算をした結果から、総体的にみて締固め度はかなり高いものといえるとし、本件造成工事において、締固め度による管理をして、たとえば八五パーセント以上としていたならば、本件地震によっても亀裂が生じなかったとは断定できないとしている。
守屋意見書も、突き固めによる土の締固め試験方法で最大乾燥密度の八五パーセント以上に締め固めることを基準とするのが最も望ましいが、本件造成工事においては、概ね締め固められている状況になっている可能性が高く、諸戸鑑定人の総体的にみて締固め度はかなり高いものといえるとの評価は、前記のデータからみて妥当なところであるとしている。
d 以上によれば、本件の盛土工事においては、締固め度による管理はされなかったが、小林鑑定書で推測されているような杜撰な盛土工法がされたと認めるべき証拠はなく、盛土工事は本件工事仕様書に従って行われたものと認められ、結果的にみて締め固めが不十分であったと認めるに足りる証拠はないものということができる。
(4) 倒置型盛土について
a 小林鑑定人は、次のような見解を述べている。
本件造成工事において、深部は締め固め不十分なのに対し、表面付近はよく締め固められるという、いわゆる逆転型(又は倒置型)の盛土ができた原因は、土工の方法にあったと推測される。すなわち、前記(3)b記載のとおり、鶴ケ谷団地のような大規模な造成では、一般に、原地形の谷部の盛土はダンプトラック又はブルドーザーでまわりから土砂が押し落とされるだけで、特に注意深く施工される場合以外は、車両が繰り返し通過するルート直下を除き、締め固めは不十分となりやすい。これに対し、盛土の表面部は平坦にならされる関係から、比較的念入りに締め固められる結果となる。また、本来ブルドーザーで土を少し撒いてはローラーを入れて転圧すべきところ、土の撒き出し中にブルドーザーとローラーを交互に入れて転圧する手間を省き、撒きだしをかなり進めてから、あるいは全部終了してから初めて転圧を行うような工法をとると、逆転型の盛土ができやすい。
b これに対し、守屋意見書では、次のような見解が述べられている。
ア 小林鑑定書で逆転型盛土の原因として示されている土工の方法がとられることはほとんどあり得ない。造成時に土砂を撒き出すだけ撒き出して締め固めたり、最後にのみ締め固めるということは、この土質ではできない。なぜなら、そういうやり方では重機の自走ができない状況になって、施工能率が悪くなるからである。本件造成工事においては、かなり頻繁に転圧施工を重ねながら工事を実施したと推測され、ボーリング調査のデータからも、スポット的な転圧層を示すような兆候は読み取れない。
イ 盛土の内部が柔らかいといっても、極端に軟弱層が挟在しているものではなく、N値も地耐力として評価できるものを有している。表層部が硬くなるのは、造成時には一般的なことである。
逆転型の盛土ということが本件地震による災害にどのように影響したというのかが不明である。
c 右の守屋意見書の指摘を考慮すると、小林鑑定書が逆転型の盛土ができた原因として推定しているような施工方法がとられたとはにわかに認定し難い。
8 造成された団地の被害の程度の差とその原因
(1) 乙第三〇号証(東北大学教養部の生出慶司(地質学)「本件地震災害に関する諸調査の総合的分析と評価」の中の「被害と地盤」の項)によれば、次のような事実が認められる。
国道四号線の東部では、鶴ケ谷団地を含め、ここに開発されたほとんどすべての団地内で被害が集中的に発生した。ところが国道四号線の西部(中山、西勝山、桜ケ丘、東勝山)では、一部で小さな被害は発生しているものの、それらは全体の広さや戸数に比べると僅少である。なお、この地域では、東から西に向かって被害の程度が弱くなる傾向を示している。すなわち、東勝山から桜ケ丘、そして中山へと移るにしたがって、個々の例についても、また全体としても、被害は小さく、そして少なくなる。更に西部の宮城町吉成団地に至っては、今回の地震による被害は皆無に等しい。
これらの地域は、団地造成以前は東西を通じていずれも丘陵地であった。しかも、これらの丘陵地帯に発達していた水系の密度や谷の深さにもほとんど差異はなかった。そして、この地域の団地がいずれもこれらの水系や谷を埋め立てたり、斜面に盛土して造成したものであるという点では変りはない。そして、被害例が、西部では少ないながら、そのほとんどが旧地形の水系沿いや、沼に面したところで発生している、という点でも東部と全く同じである。
(2) 右証拠によれば、被害の程度にこのような東西の地域差が現われた原因は、次のとおりと認められる。
「三滝玄武岩」と呼ばれている、極めて固い溶岩を伴う地層が四号線の西側地域には広く分布しているが、東側には存在しない。この地層は三滝温泉の周辺に広く、厚く露出しているため、このように命名されているもので、最も厚いところでは二〇〇mに達し、そのうち溶岩部分が全体の約半分を占め、他は玄武岩質の集塊岩、角れき岩、ぎょう灰岩などによって構成されている。この三滝玄武岩層は、三滝周辺のほか、より西部の蕃山、葛岡墓地、権現森、国見峠、吉成団地、中山ニュータウンなどの地域に広く露出している。ところで、この地域全体の地質構造が東に向かってゆるく傾斜しているため、三滝玄武岩層も東に向かって次第に沈みこんでいて、桜ケ丘では、この地層の上限が平均して地表下五〜一〇mのところに位置している。それと同時に、東に寄るほど層厚が薄くなり、東勝山付近でついに尖減する。この三滝玄武岩層は玄武岩質の溶岩や角れき岩で構成されているため、仙台市やその周辺に分布する地層のなかで最も固く、したがって、地震に対して最も強く安定した地盤を形成するものである。
このようにして、三滝玄武岩層が地下に存在するか、しないか、存在するとして、それが厚いか、薄いか、また分布深度が地表から浅いか、深いか、という地質状況が、この地域一帯の地震に対する地盤条件の相対的な安定、不安定の度合いを支配する決定的要因として作用していることが考えられる。そして、正にこのような状況の違いが、この地域における被害の程度の濃淡にはっきり対応している。
さらに、旧市街地のなかで、西部が東部に比べて被害が弱かったことも、全く同じ地質状況によって説明することができる。ちなみに、三滝玄武岩の分布する地域の東の限界はほぼ東勝山と青葉城を結ぶ線に当たると推定される。急な斜面に造成された折立団地が、今回の地震でほとんど被害を受けなかったことも、同じく、この地域で三滝玄武岩が地表近くに厚く分布していることによって十分に説明することができる。
(3) また、乙第二七号証(北村教授の発言)によれば、鶴ケ谷団地については、長町、利府断層に近接した部分があり、その地盤が他と比べて弱くなっていた可能性があることが認められ、このことも鶴ケ谷団地が西部の団地に比べて被害が大きかった原因の一つである可能性がある。
五 本件各宅地の瑕疵の有無についての総合的検討
以上の認定、判断を総合して本件各宅地の瑕疵の有無について検討する。
1 まず、本件各宅地が経験的に予測された規模の地震に対する耐震性を具備していたかについて検討する(前記一2(1))。
(1) 本件各宅地の売買がされた当時、仙台市及びその周辺において震度五程度の地震が発生する可能性はそれまでの地震の発生例から経験的に予測されたものであり、本件各宅地には少なくともその程度の地震に対する耐震性を具備することは求められていた。
(2) 本件地震による鶴ケ谷団地を含む仙台市の一定地域における震度は六に近いものであり、経験的に通常発生が予測された地震の規模を超えるものであった。
(3) 鶴ケ谷団地における被害は、切盛境界付近に集中的に発生し、そこでは、盛土が本件地震による外力(震度六程度の地震力)に対して十分なほど締め固められていなかった。しかし、造成宅地の盛土は、常時においては安定な宅地地盤であり、地震時でも、本件地震よりも外力がもう少し小さければ、耐え得るだけの強度は有していた。
(4) 昭和四五年(原告らのうち最も早く居宅を建築した原告片桐が居宅を建築した年)から昭和五二年(本件地震の前年)までの間に、仙台において震度四の地震が二回観測されているが、その際には本件各宅地に地震による格別の異常は生じなかった。
(5) 国道四号線の西部の団地(中山、西勝山、桜ケ丘、東勝山)は、鶴ケ谷団地と比較すると、団地造成以前は東西を通じていずれも丘陵地であった点で同じであり、しかも、これらの丘陵地帯に発達していた水系の密度や谷の深さにほとんど差違はなく、この地域の団地がいずれもこれらの水系や谷を埋め立てたり、斜面に盛土して造成したものであること等の点でも変りはなく、被害例が、西部では少ないながら、そのほとんどが旧地形の水系沿いや、沼に面したところで発生している、いう点でも全く同じである。
それにもかかわらず、鶴ケ谷団地に発生した被害が国道四号線よりも西部の団地に比べて大きかったのは、鶴ケ谷団地には三滝玄武岩層が存在しなかつたことと、長町、利府断層に近接した部分の地盤が他と比べて弱くなっていた可能性があったこと等が関係して、鶴ケ谷団地の震度が六程度に及んだためと解せられる。
そして、鶴ケ谷団地がこれらの西部の団地に比べて特に劣った造成工事をしたと認めるに足りる証拠はない。
(6) 以上を総合すると、本件各宅地は、本件地震による外力には耐えられなかったものの、震度五程度の地震には耐え得る強度を有していたと認めるのが相当である。
2 次に、本件造成工事当時、宅地造成に関し、震度六程度の地震に対する耐震性を具備する宅地の造成を目的とする地盤条件の調査及び調査の結果に基づく工法についての基準又は一般的な経験則が存在したかについて検討する(前記一2(2))。
(1) 本件宅地造成工事当時施工されていた宅地造成等規制法、同施行令には、宅地造成工事に関し、大規模地震に対する耐震性の観点からの基準はなく、「宮城県沖地震―一九七八年宮城科学シンポジウム報告書」(乙第三四号証)には、「現在の宅造法を改めて、谷埋立てに当っての細かい基準を設け、土質などに応じた具体的な工法などを定める必要がある」旨将来に対する提言がされている。
(2) 乙第三〇号証によれば、東北大学教養部の生出慶司(地質学)は、「宮城県沖地震災害に関する諸調査の総合的分析と評価」の中の「被害と地盤」の項において大要次のとおり総括していることが認められる。
本件地震で発生した被害の大小や濃淡に関して、大部分地盤条件によって説明できることが明らかとなった。筆者自身、震害と地盤の結びつきの深さについて改めて痛感しているほどである。被害調査の過程で次に強く感じたことは、行政と科学の結びつきの重要性である。政治や政策が科学的根拠と科学的方針にもとづいて計画的、合理的に実施されなければならない。今度の貴重な経験を十分に取り入れて、地震の被害に関係する領域での法令や条例、その他の基準についての再検討を望みたい。
(3) また、諸戸鑑定書によれば、耐震的に要求される宅地地盤の工学的品質は、同じような土質で構成された同じような形態の宅地における過去の地震被害の事例を収集整理していくほかないのが現状であること、住宅都市整備公団では、昭和五九年三月になってやっと「宅地耐震設計指針(案)」を製作していることが認められる。
(4) 以上の事実によれば、本件造成工事当時、宅地造成に関し、震度六程度の地震に対する耐震性との関係で、地盤条件を含めてどのような調査をし、どのような工法をとるべきかについては、明確な基準ないし一般的な経験則はなかったというほかはない。
3 さらに、本件造成工事が当時の技術水準に適合するものであったかについて検討する(前記一2(3))。
小林鑑定書は、前記四6(2)のとおり、より注意深い十分な施工がなされていれば本件地震による被害は未然に防止され得たと考えられるとしており、証人中川久夫も同旨の証言をしている。
しかし、前記四7で認定、判断したとおり、本件造成工事においては、地山の表層土が剥除されていない点など理想的とはいえない点もあるものの、小林鑑定書で推測されているような杜撰な工法がとられたとか、締め固めが不十分であったと認めるに足りる証拠はなく、前記四6(3)のとおり、守屋意見書は、鶴ケ谷団地の造成工事は、締め固めの点を含めて、通常なされる常識的な造成工事であったと評価していること等からすると、本件宅地造成工事につき、当時の技術水準に達しない施工がされたとは、にわかに認定し難い。
4 以上のとおりであるから、理由の冒頭に記した判断基準に照らし、本件各宅地に瑕疵があったと認めることはできない。
六 結論
よって、原告らの請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石井彦壽 裁判官峯俊之 裁判官前澤功は、転勤のため署名、押印することができない。裁判長裁判官石井彦壽)
別紙<省略>
別表<省略>